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一瞬を"カタチ"にして… シンガーソングライター 佐藤 駿

高橋未樹 虹視力 音声 ダウンロード 動画セミナー

6月30日茨城県生まれ、神奈川県横浜市在住。

大学時代に初めてギターを握って以来、徐々に音楽の力に魅せられ、各地で路上ライブを始める。
2017年からは「ゆずの聖地」として名高い神奈川県横浜市に拠点を写し、本格的に音楽人生を歩み始める。
同年、音楽番組「ミュージックステーション」の企画「Mステへの階段ウルトラオーディション」に参加。
自身が書き下ろした楽曲「ひまわり」の演奏動画が、同番組の公式ホームページに掲載された。
2018年は「ゆず2018プロジェクトwith日本生命」ゆず新メンバーに選ばれ、
平昌オリンピック応援ソング「うたエール」のレコーディング・ミュージックビデオ撮影に参加。
『勇気や感動を与えられる人間になる』その思いを胸に、ライブハウスや路上で歌い続けている。

佐藤駿 History

音楽との出会い

小さい頃から体育・美術が得意で、合唱などはやっていたものの、正直、当時は音楽にはあまり関心がなかった。
中学から始めた野球を大学生までおよそ10年間続け、学生時代は野球に没頭していた。

そんなある日、高校卒業を間近に控えた頃だっただろうか。
苦手意識を持って全く行かなかったカラオケに友人に誘われて行くことになる。
もともと大好きだったアーティスト・コブクロさんの「桜」を歌った時、前とは明らかに違う声が出て、友人も自分もビックリしていた。
歌を歌う楽しさを初めて知れた瞬間だった。

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大学の卒業前からギターを独学で始め、暇さえあればギターを握り、様々なアーティストさんの曲を練習していた。

"音楽の力"を知った、人生のターニングポイント

大学卒業後、「幸せのお手伝いをしたい」という思いから、ウェディング関係のホテルへの就職が決まった。
入社前に内定者で集まる機会があり、同じ思いを持つ同期と出会う。

今まで生活していた体育会系とは全く違う雰囲気に感動し、その帰り道、

「この同期のみんなに何かしたい」

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そう思った時、詞とメロディーが頭の中に入ってきていた。
「作詞作曲もしたことないのに何で?」と今でも時々、不思議に思う瞬間であった。

当時はギターもまだまだ、おまけに譜も書けないという中で、
なんとかこの想いを歌で伝える方法はないかと考え、同期の中から音楽経験者を探した。
そして声をかけた2人の力を借りて、3人で曲作りを始める。
そこで出来たのが、未来への希望を描いた、初めてのオリジナル楽曲「ぼくらの未来」。

2012年3月下旬、福島県のホテルで行われた同期研修の最後、先輩方が用意してくれた打ち上げの中でこの曲を初披露。
最初は自己満足だったのかもしれない。だけど涙してくれている同期がたくさんいた。

披露し終わった途端に、予想もしていなかったアンコールが起き、再び歌うことになる。
ついさっき初めて披露したばかりの曲なのに、メロディや歌詞を口ずさむみんなの姿に感動。
自分自身も歌いながら、ついもらい泣きをしてしまう。
そしていつしか同期の大きな輪ができていて、その中心で歌っていた。

そこで思った。

「音楽ってこんなに凄い力があるんだ」

自分の心の中に“もっとたくさんの人にこの感動を伝えたい”という、蕾ができた瞬間だった。

路上ライブの日々、そして"蕾を花咲かせる"決心へ━

その後、さまざまな経験の中で感じた一瞬一瞬をカタチにするため、曲作りに夢中になる。
次第にギターも曲作りも、自分の身に馴染んできた。

そして、歌が好きになった影響者であるコブクロさん(5296)に因んで、

『2015年:5月29日 午後6時』

から、路上ライブを始める。

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当時活動していたのは、
長野県:軽井沢・佐久平・長野
群馬県:高崎
茨城県:日立

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しかし、心の底で膨れ上がっていく音楽への夢には、なかなか踏み出す勇気を持てなかった。

そんなある日、もともと一緒に働いていた同期と再会する機会があり、
ますます輝き、大きくなって働いているその姿を目の前に、挑戦もせずに立ち止まっている自分が恥ずかしく、嫌になり、
その年2016年に退職。夢を追う決心をした。

その時出来た曲が、女性の芯の強さを儚げな花に例えた楽曲「椿」だった。

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2017年、活動拠点を神奈川県横浜市へ移し、路上やライブハウスにて本格的に音楽活動をスタートさせる。
同年6月10日、ファーストシングル「瞬(しゅん)」をリリースし、現在に至る。